デフレ時代を走る日本|クレアフォート

洞爺湖サミット以来、8年ぶりに日本が議長を務め、2016年5月26日から27日にかけて、G7の首脳会議が三重県の賢島で開催された。

 

G7はかなり前から形骸化し、単なるセレモニーの場と見られてきた。しかし、今回の伊勢志摩サミットは従来のようなセレモニーではなかった。議長国・日本の安倍晋三総理大臣がG7の改革を図ったからだ。

 

ふつう、サミットの準備段階で中心になって動くのは「シェルパ」といわれる官僚だ。日本ならば財務省の財務官クラスがシェルパを務め、首脳会議を含めてサミットの根回しをする。ところが、今回はトップの安倍総理自身が根回しに動いた。サミットの前に議長国のトップが参加国を回るのは異例である。これは官僚レベルでは荷が重いテーマに挑戦したことを間接的に示している。

 

では、伊勢志摩サミットで企図された「G7の改革」とは何か。安倍総理の狙いはG7を恒久的な国際機関に組織することだ。それを象徴するのが、官僚よりも上位の国務大臣による会合である。

 

原油の先物はどうなるか等々、今後のエネルギー情勢分析を含めた経済問題に関して、財務大臣と中央銀行総裁が仙台で討議し、農業大臣は新潟で会合を開いた。外務大臣の会合は広島で開催された。この他、環境、教育など、それぞれの分野を所管する大臣による会合が、2016年中に合計10回、設定されている。これはサミットを盛り上げるための「イベント」ではない。極端な表現をするならば「各国の行政機構を統合する」ための第一歩に位置づけられるだろう。

 

伊勢志摩サミットによって、「新しいG7体制」がスタートしたと言っていい。来年はイタリアが議長国だが、たとえ、ドナルド・トランプがアメリカの大統領に就任しても、同じようなサミットをやらざるを得ないはずだ。

 

この新しいG7体制は安倍総理のイニシアチブによって実現した。もっとも、今までのように日本の発言力が弱ければ、「あなたはそんなことを言うけれども、そう簡単には行かない」と言って蹴られるのがオチである。ところが、洞爺湖サミットの頃とは異なり、今や日本の国際的な発言力は飛躍的に大きくなっている。だから、安倍総理はG7改革の第一歩を踏み出すことができたのだ。

 

では、安倍総理はどうやって「大きな発言力」を手に入れたのか。最大の鍵は「デフレ」である。

 

20世紀はインフレの時代だった。この100年間で、いろいろなシステムが固定化した。その固定化システムをつぶし、新しいシステムに切り替えなければいけない。それがデフレへの移行の意味であり、現実にデフレは世界中で急速に広がっている。

 

その時代にあって、デフレに対応する体制をとるのが早かった国は強い。それが日本である。デフレ下の経済というものはどういうものか。日本は20年かかって模索した。何の見通しも立たない中で一所懸命、体質強化を図り、資産内容の洗い出しなどを地道にやってきた。その結果、バブル崩壊後の経済危機から立ち直った。これはとりもなおさず、日本がデフレ時代に世界の先頭に立っているということだ。先頭にいるからこそ、安倍総理の言うことも通ったのである。


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